2003.05.01 update
 FanFiction Novel 「未来はあるか」: FINAL FANTASY XI


鼻についていた硫黄の匂いも、いつか感じなくなっていた。
まばたきするのもおっくうな目は、あり得ない角度でねじくれた腕が、剣を握りしめたまま落ちているを映している。
あたしを殺したゴブリンが満足そうに見下ろしている。
暖かい水が沸き出す水たまりに、あたしの血が広がっていって、赤く染まった。
もう、痛みは感じない。
薄れていく意識の中、冒険者としての契約の、最後の機会が訪れる。
あたしはアルタナに祈った。契約の履行を。完全なる死を向かえる前に今一度、我が生命を救い給え。代償に、魂に刻まれた時の一部を、御身にお返しします。
しかし祈りは遮られた。
水を蹴立てて走る足。ゴブリンの悲鳴。膝を着き、あたしに触れている誰か。もう、かすれて見えないけれど。
「待て! まだ帰るな! 今蘇生してやるから!」
強烈な光があたしの意識を鷲掴みにする。壊れた肉体に強引につなぎ止められた意識は、死の苦痛を逆回しに追体験する。吐き気がするほどの痛みに、あたしは声の無い絶叫を放った。
見えない手に持ち上げられた身体が、ゆっくりと地に降ろされる。
全身を覆う激痛に身をよじる。脱力感に膝をつく。
すぐに唱えられた高位の回復魔法が、全身の傷をまたたく間に癒していく。
「あぁ…」
引いて行く痛みに、声が漏れる。
「大丈夫か? こっちへ」
くたりとその場へ蹲ろうとするあたしの腕を取ったのは、ヒュームの青年だった。

あたしより確実に頭一つ分は小柄なそのヒュームは、紫がかった青いローブを纏っていた。
慌てて立ち上がると、彼が、ち、と舌打ちするのが聞こえた。そのまま腕を取られて入り組んだ岩の影に駆け込む。
「まだ、駆け出しだな。エルヴァーンのくせに、バストゥークに所属してるのか?」
こくこくと頷くあたしに、彼が苦笑するように息を吐いた。
「あの、ありがとうございました。レイズ……」
「まったくだ。無茶をする。どうせ迷ったんだろう? 地図も持たずに涸れ谷に入り込むのは自殺行為だぞ」
ぶっきらぼうなその口調に少し怯んだ。が、あんまり図星なので言い訳もできない。
「そんな顔するなよ。俺も覚えがあるんだ。しっかり勉強しただろうしな」
彼は苦く笑って、衰弱し蹲るあたしの隣に腰を降ろした。
「エルヴァーンか」
「やっぱりバスでは珍しいですか?」
「珍しいな。高慢なエルがバスに所属するなんてな」
「高慢、ですか?」
「ああ、サンドリアに行ってみろ。ヤツらの選民意識と多種族への蔑視にはヘドがでるぞ。誇りの裏返しってヤツなんだろうが」
「……。」
あたしは同族の国であるサンドリア王国を見た事がない。
高地の谷間にひっそりと存在する村は、かつて獣人に滅ぼされた国から落ちのびた人々の隠れ里だ。同族しかいないその小さな集落で、あたしは育った。
「あんたは違うな」
「サンドリアには、行った事ないんです」
「そうか」
手が伸ばされた。髪を撫で、耳に触れる。
その気配に顔をあげれば、彼の顔が間近に迫っていた。
「な…」
唇が、重ねられた。

「何するんですか!」
無意識に、彼の頬を叩いていた。が、腕に力が入らない。ぺち、と小さな音を立てただけだった。
「生き返ったばかりだ。無理するな」
腕を掴まれ、引き寄せられる。ぐい、と肩に回された腕の力は思いの他、強かった。ぞくりと背筋に悪寒が走る。
「い、嫌だ。離して」
抵抗しようにも衰弱した身体が言う事を聞かない。辛うじて鞘走った剣も、いともあっさり奪われた。
「高慢ちきだが、奇麗なもんだよな、エルの顔ってのは。だからこそ、泣かせたくなる。屈辱にまみれて歪むのを見たくなるんだ」
あたしの抵抗などまったく意に介さず。彼はあたしの身体を押す。後ろにひっくり返った所にのしかかり、じっと顔を覗き込む。その熱を持った瞳に、あたしは戦慄と、恐怖を覚えた。
「ま、これも一種の勉強だ。あきらめな」
凍り付いているあたしに、彼は口の端を上げて、ニヤリと笑った。

男の手はするすると動いて、ハーネスのベルトを外していった。
素肌の上を男の手が滑る。乳房を掌で包まれて、嫌悪感が走る。
後にも先にも、男に素肌を触れられたのは始めてだった。エルヴァーンは父親でも兄弟でも、うかつに異性の身体に触れたりはしない。
「嫌だ触るな、離して、やめて」
ひたすらに否定の言葉を紡いでも、むなしく通り過ぎて行く。
乳首を口に含まれた時、ぞくん、と身体が仰け反った。嫌悪感とは違う感覚が、走り抜ける。
「いやぁっ!!」
無遠慮に触れて来る手が、両方の乳房をこねまわしていた。恥ずかしさに、声が震える。
悲鳴を上げた口に、唇がかぶさってくる。生暖かい舌が侵入し、どろりと粘液質の唾液が流し込まれる。あたしは必死になってそれを吐き出した。それは顎を伝い喉を通って胸元を濡らす。
あまりの怒りにくらくらと頭が痛む。視界が揺れる。
渾身の力を込めて、それを噛む。ぶつっと歯ごたえを感じて、鉄の錆びた臭いが口腔を満たす。
「くっ」
どん、と胸を突かれた。慌てて顔を離した男の口からは鮮血が溢れている。いい気味だ。反撃出来た事への歓びにあたしは微笑んだ。

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