草木も眠る真夜中、宿屋の外壁に張りついてなんとか窓をこじ開けようと奮闘している男が一人。
僅かな出っ張りにひっかけた裸足のつま先で体重をささえ、観音開きの窓の隙間に慎重にナイフを差し込む。掛金に刃の切っ先をひっかけて跳ね上げると、カチャ。と音がして見事に外れた。
ナイフをくわえ、窓枠に手をひっかけてそろそろと窓を開く。中から反応がない事を確認し、そっと窓枠を越えて室内に侵入する。
と、同時に首筋のうぶ毛が逆立った。とっさに床に伏せたその空間を閃光が走る。カッ!と乾いた音を立てて窓枠に突き立ったのは赤い矢羽根の矢だ。
頭のすぐ上でビィィンと鳴る矢に男は冷や汗を浮べた。
「アムカ! なにしてんの!? 泥棒かと思ったよっ!」
矢を射かけた当人が、既に次の矢を構えたまま、あきれた声をあげた。
「あ、あははは。さすがに鋭いなラズィ」
やはり獣の勘の鋭さは人間の比ではないらしい。アムカは完全に気配を消していたし、音もまったく立てなかったのに。
ラズィニーニャは袖無しの肌着と、小さなショ−ツを夜着代わりにしていた。すらりと長い脚が丸ごとむき出しになっている。それに、細い肩もくっきりと窪んだ鎖骨も細く引き締まった腕も。闇に近い程暗い部屋の中で、不思議に光を放っているように見えた。
ごくっ。
思わず生唾を飲んでしまったアムカである。
「よぉ。夜這いに来たぞ」
ラズィはポカンと口を開けたままだった。
「季節」の間あれほどまでに激しくヤリまくったのに、それが終わったと宣言すると、ラズィは再び、まったく近寄り難いオーラで全身を覆ってしまった。
たかがキスでも、唇同士を軽く触れあわせる以外は唇を使ったり舌を入れることすら厭うのだ。ましてやセックスなんぞ望むべくもない。
しかし、19才の健康な男子である。しかもすぐ側におのれに身体を許した女がいるのだ。その時にはアムカがネをあげる程に彼を求め、痴態を繰り広げる美少女が。
それでもアムカは2ヶ月耐えた。
律儀に娼館にも行かず、ラズィの言う「季節」に見せた彼女の記憶をたどりながら、独り部屋で自分を慰める日々。
はっきりいって、哀しい……。空しい……。情けない……。
もう、我慢できない。即断即決即行動がアムカの信条だ。
「もう、限界だよ……ラズィ」
アムカはラズィに襲いかかった。
「なっ! なにすんのアムカっ! 嫌っ!」
のしかかり、両手を捕らえて寝台に組み伏せようとするアムカに、ラズィは本気で抗った。アムカも鍛え上げた戦士だが、ラズィもまた鍛え抜かれた戦士だ。しかもキャリアはアムカより長い。はっきりいって強い。
ぼくっ。
「ぐえ」
ラズィの膝頭がアムカの鳩尾にクリーンヒットした。たまらずに、アムカが崩れる。
「げふっ、げほっ……そんなに本気で抵抗しなくても……いいじゃねぇか……げふ」
腹を抱えて苦しげに呻くアムカに、ラズィはおろおろと手を出しかねている。
「だ、だって、季節でもないのに……」
「……」
腹を抱えた姿勢のまま、アムカはぐったりと脱力した。これは……相当にやっかいな問題なのかもしれない。
気まずい沈黙が、二人の間に流れた。
「なぁ、ラズィ」
「ん」
「人族にはさ、季節なんてないんだよ」
「……うん」
「俺、もう我慢できねぇ」
「やっぱし?」
「知ってたのか?」
意外な言葉だ。
(知ってて無視してやがったのか。こいつは)
少しむっとして、アムカは身体を起こした。寝台の上に、二人向き合って座る。
「うん、なんとなく。だって最近のアムカ、なんか目つきがギラギラしてたし」
「ギラギラ……」
そう言われると、見すかされているようで情けない。
「ラズィ」
気を取り直し、俺は改めて攻略にかかった。そっとその細い両肩に手を置き、精一杯真面目な顔をつくって瞳を覗き込む。
「抱いても、いいか?」
「嫌」
(……早い。せめてもうちょっと悩め)
しかしここで怯んでる場合じゃない。アムカはさらにラズィを見つめた。
「どうしても、嫌?」
「……」
ダメか。ダメなのか。アムカが絶望しかけた時、彼女がポツリと呟いた。
「アムカ、わたしのこと、好き?」
切ない表情で見上げてくるラズィに、ただでさえ限界きているアムカは、呻いた。
飛びかかって押し倒して突っ込みたい衝動に、頭がくらくらする。
「好きだよ。ラズィ」
「ホント?」
「本当だよ」
ラズィがうつむく。決心がつかないらしい。ここはもうひと押しだ。
それにラズィが好きだって気持ちは、誓って本当だし。
アムカは、ラズィがなるべく安心できるように優しく笑った。
「確かに、ヤる気満々で目ぇギラギラさせてる男が言っても説得力ないのかも知れないけどさ。ラズィ、俺、本当にラズィの事が好きだよ。ラズィを決して傷つけたりしない。ラズィがどうしても嫌なら、俺は大人しく部屋に戻るよ」
「アムカ……」
アムカははやる気持ちをなんとか押さえ込み、ゆっくりと、ラズィの唇にみずからのそれを重ねあわせた。最初は優しくついばむように唇を探り、優しく歯を割って舌を差し入れる。ひっこみがちなラズィの舌を軽く吸い、先端でちろちろとくすぐる。
徐々に、離れていた身体をよせ、肩に腕をまわして抱きしめる。すっぽりと、腕の中に少女の身体を抱き込んで、唇に、頬におでこに目に鼻に、キスの雨を降らせる。
「ラズィ……好きだよ」
未だにこわばっている身体をほぐすために、アムカは囁きながらラズィの背や肩を優しく撫でた。耳もとや顎のラインを唇でなぞる。
ようやくくたりと体重を預けてきたラズィを、寝台に寝かせる。覆いかぶさって両肘膝で身体を支え、体重が程よくかかるように密着。再び抱きしめた。
耳もとで、歯が噛み合う音が僅かに聞こえ、俺は驚いてラズィを見た。震えているのだ。
きゅ、ときつくまぶたを閉じ、微かに震えながら寝台に身を横たえる姿は、まるで何も知らない生娘のようだ。
「季節」の時の、みずから脚を開き、腰を振り立ててアムカを求め、よがり狂った女と、とても同じとは思えない。
「抱いても、いいか?」
まるで処女を抱く時のような気分で、アムカは囁いた。
「……恐い」
うっすらと目をあけ、おののくような瞳でアムカを見上げる。アムカはその額にキスをし、微笑んだ。
「大丈夫。優しくする」
気づかれないように、深呼吸する。ここで焦ってはもともこもない。
なるたけゆっくりとボタンを外して、薄い肌着を脱がす。そして、アムカは驚愕した。
(うそだろ……)
そこには「季節」の時とはまったく違う、ラズィの身体があったのだった。
仰向けになっても形を変えず、くっきりと谷間をつくっていた胸は今は手の中におさまるほどにまで小さくなっている。ぷにぷにと程よく抱き心地のよかった身体も、ごっそりと肉が落ちてあばらが浮いていた。
アムカはようやく、「季節」のなんたるかが解った気がした。
|